こんにちは。
私たちのこころの大部分は、普段、自分では気づくことができないと
言われています。自分のものなのに、自分ではよく分からない。
なんとも不思議な構造ですよね。
この、自分でも理解不能なこころの部分を潜在意識と呼んでいますが、
潜在意識は絶大なパワーを持って私たちを日々コントロールしているの
で、ここに在るさまざまな思いや感情が良い状態でないと、それは私
たちの現実に同じような、良くない事態をもたらすことになります。
アートセラピーに限らずどんなセラピーでもそうだと思いますが、セッション
などを通じて普段はあまり気を向けない心中奥深くに意識を向けていくと、
私たちはたくさんの「気づき」を得ます。
別に普段は意識していなかったけれど、私って実は深い寂しさを抱えて
いたんだ。とか、私は自分のことをこんなに責めて嫌っていたんだ、
というように、それまで心の奥で誰にも気づかれず静かに息づいていた
思いや感情が、炭酸水のあわのようにぷくぷくと浮かんできて、
私たちは「あっ」と気づかされるのです。
よく「それは寝ていた子を起こすというか、そうやって心中に潜んで
いたものを起こしてしまっていいんですか?」と不安げに聞かれること
があるのですが、いいんです。(*^_^*)
たとえば、自分の人格を考えてみるとき、本当にいろんな性格や性質を
持っていると思います。明るいとか優しい、人づきあいが得意とか、
そういう人に聞かれても困らない性格に加えて、意地悪、ケチ、弱虫、
ひがみっぽい...などなど、ちょっと自分から積極的には披露しずらい面
まで、どんな人にも良い面、悪い面、両方必ず備わっているものです。
でも多くは、ダメな自分、イヤな自分をなんとか切り離して、無きもの
にして、見てみぬふりをして、良いところだけを公認して生きていこうと
します。
とはいえ、闇に葬ったはずの「自分のダメな部分」は、手を変え品を変え
心の底から声をあげてきます。
私たちが「悪い」とか「ダメだ」と思っている部分も、他でもない
自分自身の一部です。そして、そういう部分が自分の中にあるのには
それなりの理由があったからです。お金に苦しい時代を乗り越えなければ
ならなかったからかもしれません。自分は不幸だと信じこんでいるために
他人の幸せをどうしても喜べないのかもしれません。どんな理由であれ、
私たちの中に、まぎれもなく生きている「ダメな部分」を、亡き者として
殺してしまうべきではないのですね。
葬ったはずの「ダメな自分」が、存在を認めてもらおうと顔を出した時、
なんの否定もせず、非難もせず、まずはただそのまま
「分かったよ。ダメで役立たずで困ったちゃんだけど、それでもいいよ」
と言って、ありのままの自分を受け容れるとき、それまで気づいてほしくて
暴れていたそれらの存在は静かになっていきます。
ダメな部分は、その存在に気づいたら少しずつ変化させていくことも、
その後には必要となる場合もありますが、まずは、それに気づくということ。
そこに大きな意味があるのです。
そして自分のダメな部分、見てみぬふりをしていた部分というものは、
実は自分にたくさんの大切なことを教えてくれるものなのです。
心理学ではこれを「人格の統合」とも呼んでいます。
ありのままの自分を受入れて、愛しましょう。
精神世界でよく目に耳にするフレーズです。
ありのままの自分とは、良きも悪しきも含めた100%の自分。
本当の意味で「ありのままの自分」を認め、受容れるとき、
人生はまたより素晴らしい方向へと進んでいくでしょう。
生きるということは、自分を知っていくこと。
今日も良い一日を。(*^_^*)
アートセラピスト みにる
トラックバックURL↓
http://retreatforyou.blog103.fc2.com/tb.php/84-174ff3cb
| ホーム |



